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東京地方裁判所 平成8年(合わ)160号 判決 1998年3月27日

主文

被告人を無期懲役に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、地元の中学校を二年で中退した後、作男、工事人夫、パチンコ店店員等の職に就いて稼働していたが、昭和二八年窃盗罪で保護観察処分に、昭和二九年窃盗罪で中等少年院送致処分に、各処せられ、昭和三三年以降、窃盗、強姦等により服役を繰り返し、最終刑で平成七年二月に仮出所した後、清掃作業員として稼働し始め、東京都足立区内の公園を中心とする公園の清掃業務に従事するようになった。

被告人は、同年八月ころ、清掃を担当する同区所在の都立舎人公園において、いわゆるホームレス生活をしていた甲野花子を何回か見かけるうち、同女に興味を抱き、数千円程度の金員を与えたりするようになった。被告人は、同年九月初めころ、同女を肩書住居地記載の被告人方へ誘い、以後、同女は、被告人方で同居生活を始め、間もなく肉体関係を持ち、炊事、洗濯等身の回りの世話をしてくれるようになり、被告人は、同女さえよければ結婚したいと考えるようになった。

被告人は、同女と同居生活を始め、同女に小遣いや生活費を渡すようになったことから、手持の金員が不足し、同年一〇月ころ、被告人の金の管理などをしてくれている支援者の山際永三に、同居している女性がいると話し、その後、度々送金を依頼するようになり、山際からは、一度、同女を紹介してくれるように言われていたが、同女が人と会うことを嫌がっていたため、山際に紹介できずにいた。

同女は、同年一一月ころから、夕食の準備をしなくなり、被告人が仕事から帰宅したときには外出していて、午後一〇時半ころに帰ってくるようになり、帰宅後も、夜眠れないなどと言って、ゲーム等をして夜更かしするようにもなり、感情の起伏も激しくなった。

山際は、同年一二月三〇日、被告人の送金依頼が度重なることから、被告人の老後の生活資金が不足することを案じ、同居している女性に一度会わせてくれないともう金は出さないなどときつく言った。被告人は、日頃何かと世話になっている山際が、本当に被告人が女性と同居生活をしているのかと不審に思っていることから、同女に対し、山際に会って話をしてくれるように頼んだが、同女はこれに応じなかった。被告人は、同女に、山際に会うように強く言えば、同女が家から出ていってしまうと考えると強くも言えず、板挟みとなって苦悩するようになっていた。

被告人は、かねてより、同女に、家にいてきちんと夕食を作って欲しいという思いを強く持っていたところ、同女がその期待に応えず、また、山際にすら会うことを拒絶し続けたことから、このような同女の態度に困惑し、不満を鬱積させていたが、年末には、同女が、正月からは夕食も作ると約束したので、新年からの生活に期待も寄せていた。

被告人は、同年一二月三一日、同女と一緒に大掃除をし、正月用品の買い物に出掛けるなどし、平成八年一月一日から同月三日までは、同女が作ったおせち料理を食べたり、テレビを見たりしながら、同女とともに被告人方で過ごしたが、同女は、同月四日、被告人が仕事を終え帰宅してもおらず、同日午後一〇時四〇分ころ帰宅し、翌五日も、同女は外出しており、夜になって帰宅した。被告人と同女とは、被告人方四畳半の部屋で、一緒に飲酒をしながら夕食を取り始めたが、被告人が、同女に対し、これからは約束どおり夜遅くならずに早く帰ってきて、ちゃんと夕食を作ってくれるように言い出したことから、次第に口論となり、同女は吸い殻の入った灰皿を炬燵に叩きつけるなどした。被告人が、夕食もちゃんと作らないなら、もう用はないと言うと、同女が、これまで四か月もいてやったんだから二〇〇万円寄越せば出ていくなどと言い返してきたため、被告人は、同女がこれまで自分と同居生活をしてきたのは金のためで、同女には自分と結婚するつもりはなかったのだと思い、騙していた同女が許せなく、これまでの鬱積していた不満が爆発し、咄嗟に同女を殺害しようと決意した。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  同月六日午後二時過ぎころ、前記被告人方四畳半の部屋において、甲野花子(当時四一年)に対し、殺意をもって、同所の壁に立て掛けてあった木製バットを両手に取り、被告人に対面し炬燵に手を付いて立ち上がりかけていた同女の頭部を目掛けて二回殴打し、左側頭部骨折等の傷害を負わせ、よって、そのころ、同所において、同女を脳挫傷等により死亡させて殺害し、

第二

一  同女の死体の陰部に未練が残り、手元に置いておこうと考え、同日午後八時ころ、同所において、同死体の陰部を果物ナイフで削ぎ取るようにして切り取り、もって、死体を損壊し、

二  判示第一の犯跡を隠蔽するため、人通りのなくなる夜中に、近隣の空地で同女の死体を焼燬して損壊した上、これを遺棄しようと企て、

1 同日午後一一時ころ、東京都足立区東六月町一一番所在の株式会社ニッポン放送管理空地に同死体等を運び入れ、同月七日午前一時ころ、同所において、運ぶ途中で集めた木箱、段ボール及び新聞紙等の上に乗せ、所携のライターで右新聞紙等に点火して同死体を焼却し、もって、死体を損壊し、

2 同月九日午前零時ころ、同所に赴いたところ、同死体が骨だけになっていなかったため、頭部のみを自宅に持ち帰ろうと考え、同日午前一時ころ、右空地において、同死体の頚部を所携の鋸で切断し、もって、死体を損壊し、

3 そのころ、頭部を切断した同死体の胴体部分を、同所に隣接する同区東六月町一一番所在の竹光駐車場に運び込んで放置し、もって、死体を遺棄し、

4 同日午前七時ころ、前記被告人方の南側畑において、同死体の頭部を埋め、もって、死体を遺棄し、

第三  右犯行後、同じ都営住宅に住む女性と肉体関係を持つこともあったが、他に性交の相手もおらず、幼女に興味を持つなどしていたところ、同年四月二一日午後四時ころ、同区一ツ家一丁目二六番所在の足立区立一ツ家第四公園に出掛け、乙川夏子(平成三年一月三日生)らと遊ぶなどしていたが、同日午後四時四〇分ころ、同児が、同所から立ち去ろうとした被告人の自転車に、「乗せて。」と寄ってきたことから、同児にわいせつの行為をする目的で、これを誘拐しようと企て、同児に対し、別な公園に行こうなどと甘言を用いて被告人の運転する右自転車荷台部分に乗せ、同区平野三丁目一〇番所在の平野三丁目団地児童遊園(以下「平野児童遊園」という。)に連れ出し、同日午後四時四五分ころ、同所において、同児が一三歳未満であることを知りながら、同所中央にあるコンクリート造りの植込み端に同児を座らせ、同児のパンツ上部から右手を差し入れて右手指でその陰部を弄び、もって、一三歳未満の婦女に対してわいせつの行為をし、そのころ、同児が「いや。」と言って拒絶したため、被告人は一旦手を引っ込めたが、別の場所で再びわいせつ行為をしようと考え、同日午後五時二〇分ころ、右自転車で前記舎人公園に連れて行き、暗くなるのを待った上、同日午後六時ころ、同公園北西側植込み内(同区古千谷二丁目一三番)に同児を連れ込み、同所で同児の下半身を裸にし、その陰部を弄ぶうち、同児を強いて姦淫しようと決意し、同児の陰部に右手指を挿入して動かしたところ、同児が大声で泣き出したため、同児を殺害してでも姦淫しようと企て、殺意をもって、同児の頚部を手で強く圧迫するなどし、その反抗を抑圧した上、強いて同児を姦淫しようとしたが、同児に対し、全治約二五日間を要する会陰部裂創、肺水腫、頚部擦過傷の傷害を負わせたにとどまり、姦淫及び殺害の目的を遂げないとともに、同児をわいせつの目的で誘拐し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(補足説明)

一  弁護人の主張

弁護人は、(一)殺人事件に関し、(1)打撃はそれほど強くなく、当たり所が悪かったため、死の結果に至ったものである、(2)犯行現場の広さ、構造では、バットを強く振り回すことはできない、(3)被告人には甲野を殺害する動機は存せず、単なる同居人同士の喧嘩にすぎないなどとして、被告人の行為は傷害致死にとどまる、(二)殺人未遂等事件に関し、(1)被告人は殺人の実行行為をしておらず、殺意も強姦の犯意もなかった、(2)一ツ家第四公園から同児を連れ出した時点においては、被告人にはわいせつ目的はなく、平野児童遊園における強制わいせつの態様も、検察官の主張するものとは異なると主張するので、以下、当裁判所が、判示の各事実を認定した理由を補足して説明する。

二  殺人事件(判示第一の事案)について

1  犯行態様について

(一) 被告人の供述内容

被告人は、甲野を殴打したときの状況に関し、捜査、公判を通じ、同女の言動にかっとなって、咄嗟に側に置いてあったバットで同女の頭部左側を続けざまに二回殴打したことは認めるが、捜査段階においては、立ち上がって、部屋の隅に立て掛けてあったバットを取って、両手で持ち、頭を目掛けてボールを打つように水平にバットを振って、力を入れて殴りつけた、二回目は、炬燵の上に右頬をつけるような形で倒れた同女の頭を狙って、バットを肩付近まで振り上げて振り下ろした旨供述していたが、当公判廷においては、剣道の竹刀を振るように、五〇センチメートルくらいの振り幅でポンポンとはずみで二回続けて殴った、思い切り殴ったのではなく、手加減したと思う旨供述を変遷させている。

(二) 使用した凶器の性状

被告人の使用した凶器は、木製バットであるが、その長さは約八五センチメートル、重さは約九一〇グラムである。

(三) 受傷の部位、程度

第八回公判調書中の岩瀬博太郎の供述部分及び同人外一名作成の鑑定書(甲二一四)等関係証拠によれば、同女の頭蓋骨には、左側頭部から左側の中頭蓋窩を経て、トルコ鞍に至る頭蓋冠及び頭蓋底の骨折(左側頭部で、外耳道から上方やや後方へ走行する長さ六・五センチメートルの骨折線<1>と、骨折線<1>で左外耳道から上方五・五センチメートルの部位より、もう一つの骨折線<2>が後方に向かって三・五センチメートル伸びている。骨折線<1>の後方で骨折線<2>の下方の領域は、周囲に比べ約〇・一センチメートル陥凹している。頭蓋底には、骨折線<1>と左外耳道で連続する全長約一五センチメートルの骨折線(左の卵円孔外側を通ってトルコ鞍後方を経由し、さらにトルコ鞍の右後方を経由して右前方に至って停止するもの)が認められる。)が存在するが、これらの骨折は、幅の広い骨である頭蓋底にまで骨折線が達していることから、かなり硬い面を持った鈍体による強力な打撃を受けて惹起されたものと認められる。

(四) 検討

被告人が使用したバットの性状に鑑みると、被告人が、当公判廷で供述する程度の殴打では、前記(三)で認定した骨折が生じるとは考えられない。また、一方で、同女の言動に憤激して殴打したとしながら、手加減し得たというのも不自然であって、被告人の右公判供述は、到底措信できない。一方、被告人の捜査段階における供述は、バットの性状、同女の骨折状況及び右骨折状況より推認される外力の大きさ等の客観的状況に沿う供述であって信用性が高いと認められる。

そうすると、被告人は、炬燵をはさんで対面していた同女が、炬燵に手をついて立ち上がろうとするところを、野球のボールを打つように両手に持ったバットを振り回して二回殴打し、同女に前記(三)の傷害を負わせて死亡させたものと認められる。

(五) 弁護人は、(1)頭部にバットが当たった場合、死の確率はそれほど高くないとし、岩瀬の証言に依拠して、脳挫傷においては打撃された箇所に出血する場合と打撃された箇所と反対の箇所に出血する場合があり、前者の方が弱い打撃を受けた場合と解されているところ、同女には左側頭蓋骨内部に出血が認められ、被告人は同女の左側頭部に打撃を加えているから、打撃された側に出血が生じていることになり、結局、本件の場合、打撃はそれほど強くなかったが、偶々打撃された部位の骨が薄くて損傷を受けやすい箇所だったため、死の結果に至ったもので、頭蓋骨骨折が生じた事実をもって、殺意を認定することには無理がある、(2)犯行現場である被告人方四畳半の部屋の広さ、構造では、バットをそれほど強く振り回すことはできないと主張する。

岩瀬は、打撃された箇所に出血する場合(クー)と打撃されたのと反対の箇所に出血する場合(コントラクー)について、一般的には、強い打撃が加わった場合にコントラクーが生じるとしつつ、本件においては、クーの可能性が高いが、腐敗がひどすぎて断定できない、骨折線<1>の部分は骨が薄いことを認めつつ、幅の広い骨である頭蓋底にまで骨折が生じているのであるから、かなり強い外力が加わったと判断した方がいい旨明確に供述しているのであって、弁護人の主張は、右供述を正確に理解したものではなく、採用できない。

次に、検証調書(甲二二二ないし二二四)等関係証拠によれば、被告人方四畳半の部屋は、一辺が約二・六メートル、もう一辺が約二・三三メートルの広さであり、奥行約四〇センチメートルのタンスが壁際に配置されており、被告人と同女が対面して座っていた炬燵天板は約七五センチメートル四方の大きさであったと認められる。このような被告人と同女との位置関係、犯行現場の広さ、家具の大きさ及び配置状況に照らすと、同所の窓ガラスや家具等に接触させることなく、約八五センチメートルのバットを振り回して強い力で殴打することは十分に可能であると認められる。

2  動機について

(一) 検察官は、被告人は同女と同居生活を始めたものの、自己の性欲を積極的に満たしてくれることもなく、何事にも口うるさいことから、次第に同居していることさえ疎ましく感じるようになり、不満を鬱積させ、前夜来、同女がろくに食事も作ってくれないことなどをきっかけとして口論となった際、同女から「金をくれれば出ていく。」などと言われたことから、咄嗟に、それまでの不満を爆発させて殺意を抱くに至ったものであると主張する。

これに対し、弁護人は、被告人は同女と楽しくかつ充実した生活を送ってきており、被告人にとって絶対に失いたくないパートナーであり、共同生活に一部不満を持っていたとしても、不満を鬱積させてはいず、当日の小さないさかいから事件になったに過ぎず、被告人には同女を殺害する動機は存せず、単なる同居人同士の喧嘩の動機となる程度のものが存在したに過ぎないと主張する。

(二) 被告人の供述

被告人は、同女との生活状況及び犯行直前の言動について、捜査段階においては、同居生活当初こそは、同女は被告人の身の回りのことをよくしてくれ、初めて家庭生活に接したようで、同女との同居生活に喜びを感じていた、平成七年一一月半ばころからは、同女が口うるさくなり、金遣いが荒くなり、外出しては帰宅時間が遅くなったり、食事も作らなくなり、感情の起伏も激しくなって、困惑し、不満が募ることが多くなってきた、同居生活を始めたことから支出も多くなり、山際から度々送金を受けるようになって、同人から再三同女に会いたいと言われても、同女が嫌がって会わないため、山際や支援者らに本当に女性と同居生活をしているのか不審がられることにもなった、山際から同女に会わさなければ送金を止めると言われたものの、強いことを言えば同女が家を出ていってしまうと考えると、言いたいことも言えず、板挟みとなって苦悩し、同女のこのような言動に我慢を続けていた、暮になって文句を言うと、来年から夕食を作ると約束してくれたので、その言葉を信じて我慢していた、正月は同女の作ったおせち料理を食べ、二人で過ごした、四日、仕事に出掛けると、同女は夜遅く帰ってきたので、約束が違うと文句を言うと、ふてくされた感じで一人で夜遅くまでゲームをやっていた、五日も仕事に出掛けると、同女は夜遅く帰ってきたので、同女を問い詰めたところ、口論となり、同女が灰皿を投げつけ、被告人が飯を作らないなら用はないと言うと、二〇〇万円寄越せば出ていくと言った、これを聞いて、同女が同居生活してきたのは金のためで、自分とは結婚するつもりはなかったのだと思うと、腹が立って、騙していた同女が許せなくて、憎くて殺してやると思って、バットで殴打するに至った旨供述していた。

一方、当公判廷においては、同女との同居生活に喜びを感じており、帰宅時間が遅くなったり、食事を作らなくなったことや同女が山際に会おうとしなかったことに不満を感じ、文句を言うことがあったものの、格別腹を立てることも、同女と喧嘩することもなかった、山際から同女を連れてくるように言われていたが、送金をするしないとは関係がない、犯行前日、食事を作ってくれと言ったことから口論となった際、同女から灰皿を投げつけられ、かっとしてバットで殴打するに至った、これまで不満を募らせていたこともなく、同女から二〇〇万円寄越せば出ていくと言われたこともない旨供述を変遷させている。

(三) 山際の当公判廷(第一一回及び第一二回)における供述、被告人の捜査段階における供述及び当公判廷における供述等を総合すると、前記犯行に至る経緯のとおり、(1)被告人は、平成七年九月ころから、同女と同居し始め、ゆくゆくは結婚したいとも考えていたが、当初夕食の準備をしてくれていた同女が、同年一一月ころから、準備をしてくれなくなり、外出しがちで帰宅も夜遅くなったこと、また、ゲームをするなどして夜更かしするようにもなったこと、(2)被告人の月収は約一五万円であったところ、同女と同居するようになってからは、同女に生活費や小遣いを渡すようになったため、山際に送金依頼を繰り返すようになり、山際から同女に会いたいと言われても、同女は人と会うことを極端に嫌がって、被告人の再三の頼みにもかかわらず、山際に会うのを拒んでいたこと、(3)大晦日には、大掃除をし、元旦から三日間は同女が作ったおせち料理を食べて一緒に過ごしたが、四日、五日と被告人が仕事に出掛けたところ、同女は夜遅く帰ってきた、五日夜、被告人が夕食を作ってくれるように言い出したことから、口論となり、同女は吸い殻の入った灰皿を炬燵に叩きつけ、被告人がもう用はないと言うと、同女は出ていくのに金がないから金をくれと言ったことが認められる。

(四) 山際は、平成七年一二月三〇日、被告人の老後の生活資金がなくなることを心配し、同居相手の女性に会わせてくれなければ、もうこれ以上送金はしない旨きつく言ったと供述しているところ、山際は、被告人の熱心な支援者であり、同人が敢えて被告人に不利な虚偽供述をするとは考え難く、その供述の信用性は高い。

また、被告人は、当公判廷において、同女との同居生活に関し、前記(二)のとおり供述しているところ、前記(三)(1)及び(2)で認定した事実からすれば、同女と被告人の生活は、次第に被告人が望む生活とかけ離れていったことが認められ、被告人自身、島谷直子に対し、平成七年一一月下旬ころから甲野が口うるさくなり、同年一二月ころには、甲野のことを、病気だな、ノイローゼだなと言ったことを認めている(この点については、島谷の公判供述により裏付けられている)。

(五) このように、被告人は、同女の態度には強い不満を抱いていたと認められるところ、捜査段階における被告人の供述は、具体的かつ詳細な事実を挙げながら同女に対する不満を述べた内容となっており、同女と山際の板挟みになって、被告人の立場を考えてくれない同女に強い不満を抱いていた被告人の心理状態を切々と吐露する内容であって、十分に信頼できる。

なお、被告人は、当公判廷において、本件犯行直前、同女が被告人に二〇〇万円を要求したことはなく、平成八年六月二四日付の員面調書(乙四四)において、同女が二〇〇万円要求したと供述した点について、二〇〇万円という金額は自分から取調官に供述した数字であることは認めつつ、取調官から、一〇〇万とか二〇〇万とか三〇〇万とかくれと言われたんじゃないかと質問され、面倒くさかったことと認めている事件だから、二〇〇万と言ってしまった旨供述しているが、二〇〇万円という具体的数字を述べた理由について十分な説明をしておらず、到底措信できない。これに対し、右員面調書は、これまで大事にしていた同女のことを、これ以上悪口を言うこともあるまいと真相を隠していた、自分に「殺ってやる」という気持にならせた同女の一言は、「四か月もいてやったんだからお金をくれ。」ということであると供述し、同女が二〇〇万円を要求するに至った経緯を被告人の心情を交えて極めて詳細に供述しており、供述をするに至った理由は十分に説得的であり、弁護人の主張するような検察官の想像の産物とは到底解し難く、その信用性は十分認められる。

一方、被告人の公判供述は、供述を後退させた理由も、同女と格別いさかいのない生活を送りながら、犯行時に強度の殴打を加えるほどの激情を抱いた理由についても合理的に説明するものとなっておらず、信用できない。

(六) 以上からすれば、被告人は、常日頃から同女に対する不満を鬱積させていたところ、本件犯行前、同女と口論になった挙げ句、二〇〇万円の金員を要求されるに至り、同女がこれまで自分と同居してきたのは金のためで、同女には自分と結婚するつもりはなかったのだと思い、これまでの鬱積していた不満が爆発し、咄嗟に同女に対する殺意を抱き本件に及んだと認めるのが相当である。

3  以上検討の結果、被告人が殴打に用いた凶器の性状、犯行態様、創傷の部位、程度そのものから殺意が強く推認されるところ、右殺害の動機も斟酌すれば、被告人が、同女に対し、確定的殺意をもって、木製バットを手に取り、同女を殴打したことは、優にこれを認めることができる。

弁護人は、被告人が、犯行後に、同女を寝かせた脇で飲酒を続けていることから、殺意の不存在が推認されると主張するが、被告人は、同女の左側頭部を二回も殴打し、同女が意識を失い、その場に倒れ出血しているのを目の当たりにしながら、平然と飲酒を続け、手当を講じたり、救急車を呼ぶといった行動を一切とろうとしていないのであって、右のような被告人の行動は、殺意の存在を推認させる間接事実の一つと評価でき、弁護人主張のようには解し難い。

三  殺人未遂等事件(判示第三の各事実)について

1  被害児らの供述要旨

(一) 被害児の検面調書

パチンコ屋の公園(一ツ家第四公園)で、姉や被告人らと一緒に滑り台等で遊んだ、被告人からもっといい公園に行こうと誘われた、被告人の自転車には自分で乗った、自転車で違う公園に行った、違う公園(平野児童遊園)で被告人が座れと言って丸い椅子に座り、右手を股間に当てる動作をしながら、おまた触った、痛かった、被告人からもっと大きな公園に行こうと言われ、自分で自転車に乗り、大きな公園に着いて、もう一回草ぼうぼうの大きい公園(いずれも舎人公園)に行った、草ぼうぼうでちくちくする草のあるところで被告人は遊んでくれなかった、赤血が出ているから治してやると言ってズボンとパンツを膝くらいまで脱がせ、べろーっとおまたを舐めた、ママーって言って泣いた、被告人は怒った、片手の手のひらで自己の口を塞ぐ動作をしながら、被告人が口を押さえながらおまた触っていた、指をおまたに入れた、痛くて大きな声で泣いたら、被告人が「さよなら。」と言って首を締めた、苦しかった。

(二) 被害児の母乙川秋子

本件犯行の翌日、同児から、遠い草ぼうぼうの大きな公園に行った、大きな公園の前にすぐそばの小さな公園に行き、被告人におまたを触られた、大きい公園でも陰部をいじられて出血した、被告人にもっといい公園に連れていってやると言われて自分で自転車に乗った、ちっちゃな公園の丸い石のところに座れと言われ、被告人がおまたに手を入れて触った、自分のズボンのゴムのところから手を入れる動作をしながら、こうやって入れたのと言って自己の股間に指を立てるようにしてつんつん触った、その後、大きい公園に行っても被告人は遊んでくれず、草ぼうぼうのところで被告人から座れと言われ、陰部を触られて出血し、泣いたら口を押さえた、自分の口を手のひらで押さえておしゃべりできなくしたと聞いた。

2  被告人の供述要旨

(一) 捜査段階の供述

一ツ家第四公園で、同児が自転車の所に来たときに、このまま別の公園に連れていって陰部を触ろうと思って、別の公園に行くかと誘った、平野児童遊園でパンツの中に手を入れて陰部を触った、同児に嫌がられたため、それ以上の行為に及ぶことができなかった、一旦逃げ出した同児が戻ってきたので、さらに別の公園に連れていって陰部を触ろうと思った、暗くなるのを待って植え込みの間の草むらに連れ込んだ、ズボンとパンツを脱がせて、仰向けに寝かせた、両足を掴んで股を開かせ、陰部を触った、両手で両足を掴んで左右に引っ張るようにして拡げさせ、自分もズボンとパンツを下げ、自己の陰茎を同児の陰部に二、三回押しつけた、陰部に右手中指を入れ、動かすと大声を出して泣き、出血していた、人に見つかるともう強姦したりできないと思い、片手で同児の口の辺りを塞ぎ、片手で喉の辺りをグッと力を入れて押えつけ、少しして喉を押さえていた手を放し、もう一方の手で再び喉の辺りを力を入れて押さえた、押さえ続けていると、ぐったりして動かなくなったので、死んだと思って首を締めるのをやめた、しばらくすると息をしたので、上着やシャツを脱がした、その後横断歩道に同児を運び、自宅に戻った。

(二) 公判段階の供述

最初は、同児を自転車に乗せて公園内を走ってやろうと思った、走っているうちにジュースを買ってやろうと考えて公園を出た、もっといい公園に行こうなどと誘ったりはしていない、酒屋の前の自動販売機でジュースを買い、平野児童遊園で一緒に飲んだ、陰部を触ろうと思ったのはその後である、急にそう思った理由はわからない、捜査段階において、公園内を走ってやろうと思ったことやジュースを買って飲んだことなどを一切供述していないのは、取調官から聞かれなかったからである、平野児童遊園では、ズボンの上から陰部を触った、パンツの中に手を入れようとし、陰部に触るか触らないかのときに、同児が、「いや。」と言ったのでやめ、直接陰部には触れていない、舎人公園では、同児を前に抱きかかえるようにしたところ、陰茎に陰部が触れる格好になったことはあるが、同児を仰向けに寝かせた後、覆いかぶさるようになって、その陰部に陰茎を押しつけたことはない、同児は小さな子なので性交はできないと思っていた、陰部に指を入れると、同児が大声で泣き出したので、人に気付かれては困ると思い、静かにさせようと思って口を押さえたところ、自分の手が大きく、また、同児が首を振って抵抗して動いたりするので、首も押さえるような格好になっただけである、長時間思い切り押さえたりはしていない、同児を殺す気持はなかった、ぐったりして動かなくなった同児を見て死んでしまったと思った。

3  殺人の実行行為について

(一) 証人石山晃夫及び同尾内雅美の当公判廷における各供述、第九回及び第一〇回公判調書中の証人石山晃夫の各供述部分並びに石山晃夫作成の鑑定書(甲一四七)等関係証拠によれば、同児は、被告人が路上に放置した直後、通行人により発見され、救急車で帝京大学病院救急救命センターに搬入され、救命措置が執られたこと、同児の両側側頚部に擦過傷(右側に小指頭面大の表皮剥脱等が、左側にも弧状の性状をした線状表皮剥脱)が認められ、これらはほぼ同一の高さに位置していること、線状表皮剥脱は、指で皮膚面を押さえた際にできる皺をさらに押さえたことによって生じたものであること、左右眼瞼部の皮下には多数の溢血点が発生していること、かなり重度の肺水腫であったことが認められる。

(二) 同児には、頚部圧迫(扼頚)による血流阻害及び窒息状態の典型的な症状である両眼瞼溢血斑及びかなり重度の肺水腫が認められるところ、同児の頚部擦過傷の部位、形態をも考慮すると、被告人が同児の頚部の両側を手で同時に相当の時間にわたって圧迫したこと、頚部圧迫がさらに継続していれば急性窒息死を起こした可能性は極めて高かったことが認められる。

(三) 被告人が当公判廷で供述するような首に手が掛かっただけでは、前記(一)、(二)の受傷が生じることはあり得ず、被告人の右公判供述は到底信用し難い。これに対し、被告人の捜査段階の供述は、右受傷状況と整合する内容であり、十分信用できる。

そうすると、被告人は、同児が大声で泣き出したため、同児の頚部を手で強く圧迫し、同児がぐったりして動かなくなったので、死んだと思って首を締めるのをやめたものと認められる。

4  強姦行為について

石山晃夫の当公判廷における供述、第九回及び第一〇回公判調書中の同人の各供述部分並びに石山晃夫作成の鑑定書(甲一四七)、四方警察員作成の写真撮影報告書(甲一五)等関係証拠によれば、同児の膣口には会陰部で肛門側に向かう長さ一・五センチメートル、深さ三ミリメートルの裂傷があり、左右下肢には、対称的に、手指で強圧したといった作用機構によるものとみられる皮下出血が存在し、陰部付近には四本の、外陰部には五本の陰毛が付着していたことが認められる。これらの事実に加え、両下肢の皮下出血は、第三者が左右下肢を掴むことで生じたものと推定されることを総合すると、右皮下出血は、被告人が陰茎を挿入しようとした際に同児の左右下肢を掴んで拡げさせた痕と認められる。

以上によれば、被告人は、姦淫の意思を有し、仰向けに寝かせた同児の両足を拡げた上、陰茎を挿入しようとして陰部に押しつけたと優に認定できる。なお、被告人が右行為を行った時期については、被告人は、捜査段階では、陰部に指を入れる前であり、首を締めた後にはそのような行動には及んでいないと供述をしているところ、同児は、舎人公園における被害状況については、かなり詳細な供述をしているが、被告人が同児の両足を拡げて陰部に陰茎を押しつけたとは一切供述していない。被告人の右供述は、後記5で検討するように信用性の認められる同児の供述の裏付けを欠き、全面的には信用し難い。そうすると、検察官が主張するように、同児が意識を失った後、被告人が右行動に及んだ可能性も十分に認められるが、他に積極的証拠のない本件においては、頚部圧迫行為との先後関係は判然としないといわざるを得ない。

被告人の当公判廷における供述中、行為態様の点については、同児の下肢皮下出血を合理的に説明できる内容ではなく、信用性に欠けることは明らかであり、強姦の犯意については、被告人の前記の行為態様と矛盾する内容というほかなく、結局、被告人の当公判廷における供述は措信できない。

被告人は、本件現場は人目に付きやすい場所であると供述するが、犯行場所付近は植え込みがあり、公園が工事中で時間帯からしても人通りの少ない場所であるところ、被告人は清掃作業に従事する中で知った人目に付きにくい場所として自ら本件犯行場所を選び、現に公園内にいた人たちに犯行を何ら気付かれていないのであって、場所的な不自然性は認められず、前記判断を左右するものとはいえない。

5  殺意について

前記3で検討したとおり、被告人は、同児の頚部を手で強く圧迫し、同児がぐったりして動かなくなってから、締めるのをやめている。このような被告人の行為自体から殺意が強く推認されるところ、同児は、被告人が「さよなら。」と言って首を締めた旨供述している。

幼児の供述は、弁護人が指摘するとおり、一概に信用性があるものとはいえず、慎重な検討が必要なことはいうまでもない。

同児は見知らぬ被告人についていった結果、首を締められ、意識を失うといった体験をしており、本件が同児に与えた影響は、母親が当公判廷で証言する時点まで残存していることからすると、同児が、本件について鮮明な記憶を保持していたものと認められる。同児の取調官に対する供述は、母親立会の上なされ、同児なりの表現をもって語られたものであり、その内容は、母親が犯行の翌日聞いたとする内容に一致している上、同児は、被告人が本件に関する自白を始めた平成八年五月三日以前である同年四月二九日及び三〇日に、一ツ家第四公園から舎人公園へ行く途中までの走行経路や平野児童遊園での行動を被告人の取った言動を含めて稚拙ながらも順序立てて説明し、被害状況を再現する際にも、自ら検察官や母親に供述したのと同様の状況を再現しているのであって、同児の供述態度は一貫しており、その信用性は高い。

弁護人は、被告人が「さよなら。」といった持って回った文学的表現を用いるかについては多大な疑問があると主張するが、右用語は平易な日本語であって、誰でも普通に用い得るものである上、当時五歳であった同児にも理解できる言葉と考えられ、母親や取調官の誘導によるものとは解し難く、同児は実際に聞いたままを供述したものと認めるのが相当である。

そうすると、被告人は、同児に「さよなら。」と言って首を締めたものと認められる。

また、被告人は、その後同児の上着を脱がせ、両手でシャツを引き裂いて脱がし、殊更全裸に近い状態にしている。

これらの点を総合考慮すると、被告人は、同児が大声で泣き出したため、咄嗟に同児を殺害してでも姦淫の目的を遂げようと決意し、頚部を手で強く圧迫したものと認めるのが相当である。

弁護人は、被告人が、本件後、同児を横断歩道にまで運び、救助を見届けてから立ち去っており、このような犯行後の被告人の行動自体、被告人に殺意がなかったことを端的に説明するものである旨主張する。確かに、弁護人主張の事実は認められるが、被告人は、殺害行為終了後、同児が未だ生存していると確認した段階では、その犯意を喪失したため、再度殺害行為に及ぶことはせず、弁護人主張の行動をとったものと認められ、右事実は殺意を否定する論拠とはならない。

6  わいせつ行為について

被告人は、前記のとおり、捜査段階では同児にいたずらをする目的で平野児童遊園に連れ出し、パンツに手を入れてわいせつ行為に及んだと供述していたが、当公判廷においては、右公園で遊んでいるうち、その気になり、ズボンの上からわいせつ行為に及んだに過ぎないと供述している。

被告人は、平成八年四月二六日に本件で逮捕されて以来、弁護人と四回くらい接見し、正直に話しなさいと言われ、被害者やその家族に申し訳ないという気持からありのままに話すこととしたとして、同年五月三日付の調書(乙二)から事実関係を認める供述を始めたものであるところ、捜査段階の供述は、全ての事実に関して自白したものではないものの、一ツ家第四公園から同児を連れ出す際には、既にわいせつ目的を有していたこと、直接陰部を触ったことは、ほぼ一貫して供述している。また、被告人は、前記4、5で検討したとおり、舎人公園においては、性的興奮を徐々に高めていき、自己の陰茎を同児の陰部に押しつけ、また陰部に指を入れるに至っている。このような被告人の一連の行動を通観すると、被告人の捜査段階の供述内容は、事態の推移と整合する内容であり、同児の供述の裏付けもあり、その供述経過に照らしても、十分信用できる。

これに対し、被告人の当公判廷における供述は、平野児童遊園で突然わいせつの意図を生じたとする理由を説明していない。また、同児は、平野児童遊園に赴く途中、どこかに立ち寄ったとは供述していず、同遊園の状況を確認した際には、ジュースを飲みながら右確認を行っているところ、本件犯行当日も同様にジュースを飲んだという話をしていない。このように、被告人の右供述は、同児の供述の裏付けを欠く。さらに、被告人は、捜査段階において、本件犯行当日の行動を聞かれた際、一ツ家第四公園の近くに酒屋があるという話はしているにもかかわらず、ジュースの話はしておらず、証人小松隆の供述(第一八回)によれば、引当りの際、被告人は一ツ家第四公園を出て、平野児童遊園に行く途中、順を追って説明していく中で、どこかに立ち寄ったとの説明もしていないのであって、取調官から聞かれなかったので供述しなかったとの点は、得心のいくものとはいえない。これらの点からすると、被告人の当公判廷における右供述は信用できない。

そうすると、被告人は、判示のとおり、わいせつ目的で同児を連れ出し、平野児童遊園において、わいせつ行為に及んだものと認められる。

(累犯前科)

被告人は、(1)平成三年四月二三日東京高等裁判所において、常習累犯窃盗、住居侵入、強姦罪により懲役六年に処せられ、同年五月八日右刑の執行を受け終わり、(2)その後犯した建造物侵入、窃盗未遂、窃盗罪により平成五年四月八日東京地方裁判所において、懲役二年四月に処せられ、平成七年四月九日右刑の執行を受け終わったものであるが、右各事実は検察事務官作成の前科調書及び(2)に関する判決謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法一九九条に、判示第二の所為は包括して同法一九〇条に、判示第三の所為のうち、わいせつ目的誘拐の点は同法二二五条に、強制わいせつ及び強姦致傷の点は包括して同法一八一条、一七九条、一七七条後段に、殺人未遂の点は同法二〇三条、一九九条にそれぞれ該当するところ、判示第三の殺人未遂と強姦致傷は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であり、わいせつ目的誘拐と強姦致傷との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として最も重い殺人未遂罪の刑で処断し、所定刑中判示第一の罪について無期懲役刑を、第三の罪について有期懲役刑を各選択し、判示第二及び第三の罪は、前記の各前科との関係で三犯であるから、同法五九条、五六条一項、五七条により、判示第三の罪については同法一四条の制限内で、それぞれ三犯の加重をし、以上は、同法四五条前段の併合罪であるが、判示第一の罪につき無期懲役に処すべき場合であるから、同法四六条二項本文により他の刑を科さないこととし、被告人を無期懲役に処し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

一  本件は、被告人が、(一)同居していた女性を木製バットで撲殺し、その後、同女の死体を焼却し、頭部を切断した上、埋めるなどした(殺人等事件、判示第一及び第二の各事実)、(二)公園で遊んでいた幼女をわいせつ目的で誘拐し、陰部を弄ぶなどするうち、姦淫しようとして陰部に指を挿入したところ、同児が大声で泣き出したため、殺害してでも強姦しようと同児の頚部を圧迫するなどしたが、その目的を遂げなかった(殺人未遂等事件、判示第三の各事実)という事案である。

二  まず、殺人等事件についてみると、被告人が犯行に至ったのは、本件犯行の約四か月前から同居生活をしていた女性に対し、判示「犯行に至る経緯」記載の事情から常日頃不満を鬱積させていたところ、本件犯行直前に同女と口論となった際、同女が二〇〇万円寄越せば出て行く旨言うなどしたため、同女に結婚する気持はなく、金のために同居生活を続けていたものだと思い、これまでの鬱積していた不満が一気に噴き出し、咄嗟に殺意を生じたものである。被害者との口論が発端になっているものではあるが、被告人は、それまでに募らせていた不満を解決する方法や互いの譲歩を考えたりすることもなく、同女の発言にかっとなると、激情の赴くまま、何の逡巡も示さず、いきなり殺害を決意しているのであって、誠に身勝手かつ短絡的というほかなく、その動機に酌むべき点は全くない。

その態様も、いきなり、そばにあった木製バットで続けざまに二回も同女の頭部を強打し、間もなく死亡させており、強力な加害行為に及んでいる。このような動機、態様は、被告人の凶暴性を端的に示すものである。

被告人は、倒れた被害者を介抱するどころか、間もなく動かなくなった被害者の傍らで何事もなかったかのように飲酒し続けており、被告人の非情さには驚かざるを得ない。

被告人は、約四か月にもわたって一緒に生活してきた者のかけがえのない生命を奪ったというのに、手厚く葬るどころか、自己の刑責を免れることに腐心し、自己の犯跡を隠蔽するため、同女の死体を焼却することを思い立ち、大胆にも死体を空地に運搬して焼却したものの、死体を焼き尽くせなかったことを知ると、頭部と胴体部分とを鋸で切断し、黒こげになった胴体部分は人目に触れる駐車場に放置し、頭部は自宅に持ち帰り、畑に埋め、腐敗させようとしている(弁護人は、被告人が、同女の死体を損壊、遺棄した目的は、同女を供養するためであったと主張するが、黒こげの状態の胴体部分のみでは、容易にその死因も身元も判明することは到底望めないのであるから、胴体部分を駐車場に移動させたことが犯跡隠蔽行為と矛盾するものではない上、被告人の殺害後の行動に照らし、遺骨にして同女の実家の墓の前に置きに行くつもりだったとの被告人の供述は、到底措信できない)。被告人は同女の陰部に未練があったことから、死体を焼く前に、その陰部を切り取り、後に冷凍室に保管していたものであり、猟奇的かつおぞましく陰惨な犯行というほかない。

被害者は当時四一歳であり、被告人と同居生活を続け、信頼していた被告人から、口論の末、突然このような凶行を受けるとは予想だにしていなかったと思われ、突然命を奪われた無念さは察するに余りある。同女の年老いた母親ら遺族の被害感情も苛烈である。

本件後、間もなくその黒こげの胴体部分は付近住民によって発見されたところ、犯人はおろか、この胴体部分の身元も判明せず、被告人が検挙された後、共同住宅の一角にある被告人方から頭部等が発見され、社会の耳目を集めたもので、付近住民等社会に与えた影響も軽視し難い。

以上検討した殺人等事件の罪質、動機、犯行態様、結果、社会的影響等に鑑みると、本件は重大かつ凶悪な事件というほかない。

三  次に、殺人未遂等事件についてみると、被告人は、殺人等事件後、性交の相手を失ったことから、次第に幼女に関心を向けるようになり、被告人が自らの性欲を満たそうとしていることなど知る由もなく、一緒に遊んでもらえると安心しきっている五歳のあどけない幼女を、もっといい公園に連れていってやる旨甘言を用いて誘拐し、かねてより人目に付きにくい場所であることを知っていた公園に連行し、暗くなるのを待って、陰部を弄ぶなどのわいせつ行為に及んでいる最中、これに飽きたらず、強姦することまで決意し、同児の陰部に指を入れるなどしたところ、痛がった同児が大声で泣き出したことから、殺害してでも強姦を遂げようと、もがき苦しむ様を目の当たりにしながら、冷酷にもその口を塞ぎ、首を締め続けたもので、自己の欲望を満たすためには、生命を奪うことも厭わない被告人の態度には慄然とせざるを得ない。その行為態様も、一歩間違えば死の結果を招来する危険性の高いものである。

何ら落ち度のない同児の味わった苦痛や恐怖は大きく、事件後は父親に対しても警戒心を抱き、現在に至るも、被害の影響が残存しており、誠に痛ましい限りである。今後思春期を迎える同児に与えた精神的影響を考慮すると、同児の両親の処罰感情が厳しいのも当然である。

また、犯行現場近くは幼い子が遊ぶ公園や団地等が多くある住宅街であって、同年代の子を持つ親や付近住民らに与えた不安も大きい。

四  被告人は、犯意等を否認し、愚にもつかない弁解に終始するなど、自己保身にのみとらわれており、自己の犯行の重大性を厳粛に受け止め、真摯に反省しているとは到底見受けられない。また、慰藉の措置をほとんど講じていない。

被告人は、少年時代から犯罪に手を染め、窃盗等を繰り返し、前科も一〇犯に及ぶ。その罪名も、住居侵入や窃盗にとどまらず、強姦も含んでいる。被告人は累犯前科(2)の刑で服役し、仮釈放後、一年たらずで殺人等事件を敢行した上、その約四か月後に殺人未遂等事件と、立て続けに重大、凶悪犯罪を敢行している。このような、被告人の犯罪歴等に照らすと、被告人の犯罪性向は年を増すとともに広がりをみせ、より深化しており、被告人は、各被害者が、被告人の意に従わないとみるや、何ら躊躇することなく、殺害を決意しており、本件各犯行が、被告人の情性の欠如した攻撃的性格に根差すものであることは否定し難く、その反社会的性格は強固であり、これまでの矯正教育や社会内更生のための支援者の援助が全く功を奏していず、再犯の可能性は高い。

五  他方、同女の殺害に関しては計画性が認められないこと、殺人未遂等事件においては、幸い被害児が一命をとりとめており、被告人自身も同児が発見されやすいよう路上に運び、その救出を確認してから逃走していること、支援者らが今後も被告人のために尽力する旨公判廷で供述していることなど、被告人のために酌むべき事情もある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金山 薫 裁判官 渡邉英敬 裁判官 武部知子は填補のため署名押印できない。裁判長裁判官 金山 薫)

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